名右衛門
- 日本郷土の歴史を学ぶサイト - 2021年4月15日

名右衛門
更新情報
歴史志伝
目次
郷土の歴史を学ぶ
北海道
 北海道
東北
 青森県
 秋田県
 岩手県
 山形県
 宮城県
 福島県
関東
 栃木県
 群馬県
 茨城県
 千葉県
 埼玉県
 東京都
 神奈川県
 山梨県
信越
 新潟県
 長野県
北陸
 富山県
 石川県
 福井県
東海
 静岡県
 愛知県
 岐阜県
近畿
 和歌山県
 三重県
 滋賀県
 京都府
 大阪府
 奈良県
 兵庫県
中国
 鳥取県
 岡山県
 島根県
 広島県
 山口県
四国
 香川県
 徳島県
 愛媛県
 高知県
九州
 福岡県
 大分県
 佐賀県
 長崎県
 熊本県
 宮崎県
 鹿児島県
沖縄
 沖縄県
家系図調査 (ID/PASS)
リンク集
歴史志伝
北条早雲情報
管理人 名右衛門とは
・管理人の紹介
メール 勉強中の管理人に
メールを送信する
京都府 > 旧二条城(きゅう にじょう じょう)

城と館
御城印

織田信長が築城
足利義昭の居城。

旧二条城

 永禄12年(1569年)に織田信長が、第15代・足利義昭の将軍座所(居城)として、この石碑を中心に、約390メートル四方の敷地に ほぼ70日間の短期間で、二重の堀や三重の「天主」を備えた堅固な城を築いた。周辺からは金箔瓦も発掘されており、急ごしらえにしては、四方に石垣を高く築き、内装は金銀をちりばめ、庭は泉水・築山が構えられた豪華な 城郭であったと推測される。(ポルトガルの宣教師、るいす・フロイスの記録等より)その後、信長は旧二条城から義昭を追放し、東宮誠仁親王を迎え入れ、城は「二条御所」として使われていたが、室町幕府の滅亡に伴い (1576年)に旧二条城は解体され、安土城築城に際し建築資材として再利用された。尚、現在の二条城は、徳川家康によって上洛の際の将軍の居館として慶長7年(1602年)に築かれた。 廃城となった。天正4年

『旧二条城跡』説明より

■旧二条城
旧二条城
1569 永禄12年 織田信長が築城し、足利義昭が入る。
1573 元亀4年 二条城の戦い。その後、足利義昭は槇島城へ移る。
1576 天正4年 安土城築城の際に解体される。


足利義輝邸址

二条殿址

妙覚寺址
住所京都府京都市上京区五町目町
時間
休日
拝観料
駐車場
2020年12月現在


Copyright (C) 2008-2021 naemon All Rights Reserved.